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高森明勅
2020.12.6 06:00皇室

保守の天皇「否定」論

かつて、上皇陛下が(国民の為に)ご譲位への
お気持ちを示唆された頃。保守系の論者の中に、
それに公然と背(そむ)こうとする
者らがいた。
彼らの言い分はこうだった。

「天皇は存在するだけで有難い。
宮中の奥深くで、ただお祈りだけして下さればよい。
だから、ご譲位は必要ない」と。

これは、“以前の”辻元清美衆院議員が「天皇制を廃止しろ」
という考えから、「1条から8条はいらない」
「天皇は伊勢にでも行ってもらって、
特殊法人か何かになってもらう。
財団法人でも宗教法人でもいいけど」と主張されていたのと、
殆(ほとん)ど重なる。

と言うより、辻元氏の方がより筋が通っている。
天皇が「ただ存在するだけで尊い」なら憲法1~8条はいらないだろう。
実際に私は、ある天皇“絶対”論者が「天皇は絶対的存在で、
憲法をも超えていなければならない。
だから、憲法の1~8条はいらない」と断言するのを聞いて、
驚いたことがある。

勿論(もちろん)、思想・信仰は自由だが、
「この人は、明治天皇が自ら立憲主義を採用され、昭和天皇が戦前・戦中の
激動の時代にも、懸命に憲法を擁護し尊重しようと努力された事実を、
一体どう考えているのか」と首を傾(かし)げた
(しかも憲法は9条の「戦争放棄」から始まることになるのだが…)。

更に、宮中の奥深くで祈っても、畏れ多いが、宮中三殿の中央、
賢所(かしこどころ)に祀(まつ)られるご神体(しんたい)の「宝鏡」は、
あくまでも伊勢の神宮に祀られる「神鏡」の“ご分身”だ。
ご本体は伊勢(!)にある。

「ただお祈りだけして下さればよい」のなら、
むしろ清浄この上ない神宮の近くにお住まいになって、
ひたすら祭祀に明け暮れられるのが、最も相応しいはずだ。
彼らの中途半端な意見を徹底すれば、辻元氏の昔の主張に行き着く。
但し、それは「天皇制を廃止」することを意味する。
辻元氏はそのことをちゃんと自覚しておられた。

一方、保守系の論者は恐らくそのことに気付いていないだろう。
その点でも、辻元氏の方が遥かに上手(うわて)だ。

なお、日本の歴史上、ただ1度だけ、政権の中枢で天皇「無化」への
提案がなされたことがあった。
それは、関ヶ原の合戦で勝利を収めた徳川家康が、「大坂の陣」で
豊臣勢力を退け、国内で政治的・軍事的に最強者となった局面でのこと。
家康に、側近だった天台宗の僧・天海が、こんな提案をしている。

「天皇や貴族を伊勢に移して、神宮の神主(かんぬし)にしてしまえば、
将軍様の地位は自ずと“君主”同様の勢いにお成りでしょう」と。
しかし、伊勢・津藩の藩主、藤堂高虎(とうどう・たかとら)が反対し、
家康自身の考えもあり、結局、天海の提案が取り上げられなかった、
という経緯があった(塩谷世弘〔しおのや・せうこう〕
「御文教之儀(ごぶんきようのぎ)に付(つき)奉申上候
(もうしあげたてまつりそうろう)」
安政2年6月。深谷克己氏『近世の国家・社会と天皇』)。

辻元氏がこのエピソードを直接、知っていたとは考えにくいが、
どこかで伝聞情報でも耳にされたのか。
それとも、リアルな天皇「無化」策を真剣に考えて、
偶然、天海と同じような結論に達したのか。
勿論(もちろん)、同氏は今では既に考えを改めておられるので、
その点は念の為に付言しておく。

【高森明勅公式サイト】
https://www.a-takamori.com/

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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